きょうのよみもの

優しくって少しばか (集英社文庫)

優しくって少しばか (集英社文庫)

もう標題作は一体なんど読み返したか知れない、たまらなく好きな作品。
他に収められている作品も初期の短編で、原田宗典の原点とも言える作品集。


標題作「優しくって少し ばか」は、「ぼく」の自意識の一人語りがずっと続いていく、所謂ひとつの「思考ダダモレ」形式である*1。特筆すべきなのは、このダダモレ文章の句読点のつけ方。例を挙げると、

「なあ・・・・・・」
 喋ろうとすると思いがけずに鼻にかかった声になってしまい
 ちぇっ
 何だかばつが悪い寝起きのせいだきっと。

こんな感じで文章がだらだらと続いていくのだ。
web上ではこういった空間を生かした表現方法(ex.フォント弄り)はめずらしいことではないけれど、やはり小説という媒体で行われているところが面白い。その後も「ピーターパン症候群」について20行くらい脳内で一気に喋ってみたり、『「当たり」』といいながら次の行では『はずれ。』などとホンネとタテマエを使い分けてみたり、ダダモレを生かして文章がつづられている。


椎名誠の「真実の焼きうどん」(「蚊」に収録?)も同じような一人語りではあるものの、乱雑に見えて実はよく構成された文章であって、「行動→回想→心象」というサイクルを崩さずに終幕へ向かっていく。対して「優しくって少し ばか」はまったくランダムに思考が飛んでいって、いったいどこに着陸するのか全然見えない。練られてるようには見えないのだ。しかしその実、独特の改行によってある種のリズムが生まれていて、まるで音楽を聴いているかのようだ。ゆったりとした序章があり、テンポアップ、クライマックスを過ぎたあたりでディスコードによる混沌があり、そして最後は静かな川のように流れていく。他の文章でもリズム感のあるものは多々あるけれど、ボクはここまで豊かに流れが描かれた文章を知らない。
音楽で物語を表すものがあるなら、これは文章で音楽を奏でている作品なのである。


小説フォント弄りの定礎とも言えるこの作品、もっと評価されても良いのに、とおもう。神坂一のフォント弄りとは一味違うぞ。

*1:tetekeiの日記といっしょ。