面白いことがないので

おもしろいことをかんがえてみようとおもったがうまくいかなかったのがおもしろくない。


あるところにとりえのない青年がいました。彼は財産もなければ頭の回転もよろしくなく、器量も人より劣っていましたが、ひとつだけおかしな才能があったのです。それは、人の笑いのツボを作ること。どんなにくだらないことでも笑えるよう、いわばスイッチを作ってあげることができたのです。
彼は最初、いろいろなひとにツボを作って遊んでいました。ある人は猫が歩く姿だけで笑い出し、あるひとはお湯を沸かすと笑い出す。しかし彼自身は猫ややかんのどこが面白いのかがわかりませんから、そのうちなんだかつまらなくなってしまい、やがてやめてしまいました。次に彼は、自分の周りに笑顔があふれればいいと考え、周囲の人の笑いのツボを彼自身にしてみました。そうすれば、彼と顔を合わせる人はみな笑顔になれるからです。しかし、実際そうしてみると、周囲の人が彼を見ただけで笑い出すので、彼はだんだん不愉快になってきました。ちくしょう、みんな俺を笑いやがって。結局、彼はその才能を生かすことなく、日々の生活に追われていきました。
あるとき、彼はひとりの女の子に恋をします。偶然出会った彼女は、笑顔の美しい少女でしたが、大きな病を抱えていました。彼とおしゃべりを重ねているうちにも、どんどん彼女の病状は進行し、強い薬による副作用にも悩まされるようになりました。追い詰められていった彼女は、やがて、やつれた自分自身を見たくないと病室の鏡を割り、それでも視界に入る自分自身の体を見なくてすむよう、自らの瞳まで傷つけようとしました。
そんな彼女をいたたまれない気持ちで見ていた彼は、かつての能力のことを思い出します。ああ、あの力で彼女をまた笑わせてあげることができる。彼は、彼女の笑いのツボを彼女自身にしてあげました。そして彼女は鏡を眺め、笑顔を取り戻したのです。
彼はその後しばらく、日々の暮らしに忙殺され、なかなか彼女に会いに行くことができませんでした。でも、きっと彼女はあの笑顔でがんばっていることだろう。それに負けないよう、俺もがんばらなくては。彼が次に彼女にあったのは、彼女が冷たくなってからでした。彼女の死因は呼吸困難。彼にはどういうことかよくわかりませんでしたが、医師が言うところによれば、快方に向かっていたのに笑いすぎて死んだのだと。彼は彼女のなきがらの前で大声で泣き、あやまりました。ごめんよ、俺のせいで、こんな。彼の長い長い嗚咽を、彼女の家族も一緒に泣きながら聞いていました。すると、どうでしょう。おかしなことに、その嗚咽に笑い声が混ざってきたのです。次第にその笑い声は病室全体を包むほどになりました。
そして彼は無理矢理病室を連れ出されるまで、彼女を見て大笑いを続けました。涙さえ浮かべながら。